仙台に出店した理由

さいが設計工務が仙台に出店して丸10年が経過し、今年で11年目になります。
本社のお客様や協力業者の方からよく「なぜ仙台に支店があるんですか?」と聞かれます。
仙台への出店のきっかけは今も一緒に仕事をさせてもらっているウェルネストホーム(旧低燃費住宅)の創業者である早田さんからの誘いでした。
早田さんは仙台にあるスモリ工業さんで営業の責任者をやっていた経歴があるので、当時は低燃費住宅というブランド名でしたが自分たちが考えた高性能住宅を仙台でも広めていきたいという想いがあったようです。
仙台に残っていた早田さんの弟さんも別の住宅会社で営業をやっていたことなどもあり、12年ほど前に低燃費住宅の仙台出店の計画が立ち上がりました。
営業、設計のメンバーは目処が立っていたのですが施工する会社が中々見つからず、早田さんから「仙台一緒にやらないか?」と声をかけてもらいました。
当時の私は埼玉の小さな住宅会社の専務で、東日本大震災をきっかけにして父親のやっていた分譲住宅事業に疑問を感じるようになり、分譲住宅事業とは別に高性能住宅に特化した注文住宅事業を立ち上げることを決め、早田さんの門戸をたたき仲間に入れてもらってまだ3年目とかの状況でした。
早田さんと一緒に仕事をすると決めたのも私としては一大決心だったくらいなので、他県に出店するだなんて想像もしない話で驚いたのを鮮明に覚えていますし、非常に悩みましたが「これは自分の考えだけでは、辿り着かない案。今回のような強制的な力がかからないと私は経験できない。」と思い、父親にも相談の上で出店を決めました。
月に何度も仙台へ出張へいき、工事部隊の構築やモデルハウスの準備、もちろん受注活動も先行していたのでお客様との打合せなど目まぐるしい立ち上げ期間を過ごしました。
10年も仙台でやらせてもらっているので社員の入れ替わりや紆余曲折がもちろんありました。
社員が電話で突然「辞めたい。」と言った時は夕方の新幹線に飛び乗り、自宅まで訪問して説得したりしたのも今思い返すと良い思い出です。
余談ですが、そこで一度辞めたいと思った社員は引き止めても意味がない。
そもそも、そう思わせない会社経営でないとダメだし、「辞めたい。」と言われた時点で経営者としての勝負は終わっているんだという大きな学びもありました。
そのような話も含めて、あの時早田さんの誘いに乗らなかったら一生経験することのない時間だったと思います。
現在は低燃費住宅からウェルネストホームへ社名が変わり、ウェルネストホーム本体は三大都市圏に戦力を集中させるという話になり、さいが設計工務仙台支店+ウェルネストホーム仙台FC店として我々が引き継いで仙台での営業を続けています。
さいが設計工務の経営方針に、仙台出店という経験値は大きく寄与しています。
仙台出店が無ければ今の私は無いと言っても過言ではないくらい、貴重な経験をさせてもらったと思っています。
仙台への出張回数は200回近くになりますし、正直私が住んでいる埼玉県日高市よりはるかに都会なので、都心で買い物をするより仙台で買い物をすることが多いくらいです。
おかげさまでオーナー様も増えましたので、埼玉の本社と同様にオーナー様を守り続けるためにこれからも仙台での事業を頑張っていきたいと思います。
さいが
